真の学問へのアプローチ
学問とは、未来に待ち構える多くの出来事、過去に経験した多くの出来事、それらの物事を自分という名の器でごった煮にしたカオスなスープの中から、純粋なインゴットをどれだけ多く取り出し、そのインゴットを薄くスライスしたウエハから取り出した多くのチップを他の出来事や社会や自分自身にどれだけ生かせるか、というものであると考えます。
勉強をする第一の目的は、「真の学問に近づく為」である、というのが当塾のスタンスです。「真の学問」とは、その人にとって必要不可欠な”学び”ですから、その人のそのときの状態によって、また人それぞれによって取り組むべき事柄が違うものです。
当然のことながら、進学・合格実績は非公開です。というよりも、人それぞれの道を進むわけですから他人の実績を参考にする意味がありません。
どの道を進もうともその道はどこまでも続いています。
豊田塾・塾長 豊田曉俊(とよだ あきとし)
塾長プロフィール
| 1961年 | 東京都出身 |
|---|---|
| 近畿大学産業理工学部電気工学科卒 | |
| 半導体製造装置メーカー勤務後、進学塾講師 | |
| 1991年~ | 進学塾(学校法人)専任 |
| 2000年~ | 一橋ゼミナール本川越校オーナー兼塾長 |
| 2013年~ | 豊田塾オーナー兼塾長 |
- サラリーマン歴11年
- 塾講師歴35年
小4~高3まで片道1時間の電車通学を8年半続け、児童・生徒の時代から社会を体感する。
高校でバレーボール部、大学で野球部(体育会)に所属し、チーム運営の本質を学ぶと共に集団に属することのメリットとデメリットを痛感する。
メーカー勤務時代は、営業と技術と製造と開発の中間の部署において、社内各部署のバランスを取るための資質を磨く。
メーカー退職後の26歳より生涯初めて勉学に真剣に取り組む。
進学塾では算数部主任、業務運営委員、夏期合宿責任者を歴任。主に中学受験算数を担当し、算数の奥深さを知る。また、合宿責任者を通して組織の複雑さと面白みを再認識する。
40歳を迎えるにあたり、「26歳の秋に見据えた道筋」に向かうため、自ら塾の運営を始める。
51歳より完全自営塾。少なくとも今後50年間継続し、塾の本質と時代に見合う教育サービスを見極める。
私がここにいる理由
明確な将来の目標もなく、部活を辞めたり戻ったりしていた高校生活。
高校での躓(つまず)きを補うために部活のみに明け暮れた大学生活。
理系だからというだけでなんとなく電気系製造業を選んでしまったサラリーマン生活。
「このままでは前に進んで行くことができない」と気づき、いちから勉強を始めたのは20代も後半にさしかかろうとしている時でした。お恥ずかしい話ですが、それまで勉強を楽しいと感じた事はなく、ただ単に義務感だけで勉強していました。中学生まではそれだけでも先に進めましたが、自分の足元や行く先を考え始める高校生になり義務感という土台がぐらついた時、その土台の上に積み上げていたものは音を立てて瞬く間に崩れ去っていったのです。
義務感で勉強しているときは、絶えず他人と比べている自分がいました。他人よりも先に進んでいれば優越感を抱き、他人よりも遅れていれば劣等感を抱く、ということの繰り返し。その虚無さ、不毛さに気付き始めた時、一歩も先に進むことができなくなったのです。その結果が、高校生活・大学生活・サラリーマン生活での行き詰まりに繋がったようにも思います。気がつくと、同年代の人達よりも10年遅れていました。ずいぶんと遠回りをしたものです。苦しみぬいた10年間でした。
ところが、しっかりと立ち止まりじっくりと振り返ってみると、遠回りの人生のように見えたものが、実は進むべき道を真っ直ぐに進んでいる人生なのだという考えに至りました。そのとき初めていちからやり直すだけでいいのだということに気づきました。そして学ぶ事の楽しさ・大切さがわかるようになったのです。
環境さえ整えば、人は誰でも学ばずにはいられないのだ。私の場合の環境とは、義務感のためではなく自分自身の人生のために何をすればよいのかを考え、その考えに基づき行動する事でした。26歳の暮れが近づいていました。
義務感のためではなく自分自身の未来のために何をすればよいのかを考え、その考えに基づき行動するという環境に身を置いてみると、進むべき道が見えてきました。それまでの自分は「自分にできることは何か」ということばかり考えていたのです。そして深みにはまっていました。でも、「自分は何がやりたいのか」ということだけをじっくりと考えると、自分の内側から返ってきた言葉は『教師』の2文字でした。「あれほど嫌がっていた教師かよー」と、昔からの自分の声(実は高校・大学と「教師にだけはなるまい!」と固く誓っていたのです)。けれども真剣に考えれば考えるほど、内側からの声は『教師』。そして、――― 決めました。
27歳の初夏、東京水道橋にある中学高校受験進学塾で算数・数学・国語を教え始めました。そこで、学ぶ事の大切さと教える事の難しさを経験しました。が、実際のところ「教える」だけで大丈夫な子供は、東京中心部の進学塾でさえ全体の2割にも満たなかったのです。残りの8割以上の子供たちは「教える」以上に「導く」ことを必要としていました。でも所詮進学塾ではいかに教えられるかがすべてでした。導いた結果どのような人間に成長したか、ではなく、教えた結果どの学校に入ったか、だけが重要視されていました(そうでないと、進学塾というものは成り立たないようです)。
気がつくと、10年経っていました。もし、私自身が途中で躓(つまず)くことなく順調に10代・20代を過ごした人間であったならば、この環境でも充分に満足だったかもしれません。さらに30代半ばを迎え、社内での立場も中堅のかなり責任のある位置にいました。そのまま続ける事が自然な流れのようにも見えました。しかし、「○○高校=何名合格、○○中学=何名合格」という、例の偏差値第一のやり方に何とも言えない自己矛盾を感じてもいました。また、「自分は何がやりたいのか」を考えたとき、10年前の「やりたいこと」とは微妙に変わってきていることに気がつきました。成長したと言ってもいいかもしれません。「教える」だけでは、進む方向を向いている人間しか伸ばすことができない。進むべき道を生徒自身が見つけられるように「導く」ことを取り入れるには、進学塾という環境は全く適していません。教える事・導く事・いろいろな事を学ばせてくれた事に感謝しつつ進学塾を離れる決意をしました。
自己の能力に気づき、内面からじっくりと湧き出てくる自信を身につけてほしい。他人を押しのけたり比べたりすることで身につくような自信では、将来自分自身のチャンスをつかんだりピンチを支えてくれたりするものとはなりえない。ひとりの人間を根底から支え続けてくれるのは、内面から湧き出てくる自信の大きさや質であると思うのです。さらにこの自信の大きさや質を磨くためには≪学ぶこと≫以外にはありえない。何歳になっても学ぼうという姿勢を持ち続けることこそ、これからの時代を主体的に生きていくために一番大切なことだと思うのです。
そしてこのような教育を実践していくためには、ひとりひとりの状態をくまなく見ることのできる少人数制での授業形態しかありえない、というのが私の結論であり、それらを実現するために今私はここにいます。
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