あの場所から ~この道を歩み始める前夜~
私には手本とする先生がいない。目標とすべき先生がいない。
学生時代まで、教師にだけはならない、と思ってきた裏側には、尊敬できる教師・憧憬する教師という人に出会わなかったからという理由があるかもしれない。と、思ってきたのだが・・・・。
昭和62年10月、それまで勤めていた製造業の会社を辞めて、大学を受け直す為に高校の卒業証明書を母校に取りに行った時のこと。高校卒業からまだ8年ほどしか経っていなかったのに校舎は建て替えられ校庭の雰囲気もずいぶんと変わっていた為、物珍しさもあり放課後の校庭をブラブラしていた。そのとき、「何か用かい?」とわりと強い口調で声を掛けられた。
見ると、そこには部活(バレー部)の顧問だった先生。
「せんせー!」
「なんだ、卒業生かー」
不審者と勘違いされかかっていた。それに、私のことを全く覚えていないみたい・・・。
高校当時の私にとってその人は部活の顧問&体育の担当教師というだけの存在であり、また中途半端な部員だった私としては挨拶以外の話をすることなど皆無。引退試合のときでさえ会話をした記憶はない。したがってあの日校庭で出会うまであの人が私にとって大切な人になるとは夢にも思っていなかった。
あの秋の日、彼は夕日の差し込む校庭の片隅で私の話を聞いてくれた。私自身もまだ動き始めたばかりで、その場で話していても自分の気持ちの中にまだはっきりとしない部分があるのがよく分かった。にもかかわらず、覚えてもいない卒業生の話をしっかりと聞いてくれた。
あまりにも変わってしまった校舎や校庭のこと。生徒もそれにつれて変わってしまって、8年前の高校生のような前向きさがあまり感じられなくなったという先生の話。中途半端だったけどバレー部に所属していたこと。そして教員を目指して大学を受け直すことにしたこと、30歳までは諦めずに受け続けること、などを話した。
20分ばかり話していて、そろそろ切り上げようとすると、最後に確認するぞ、といった感じで、こんなふうに聞かれた
「いまのままでは先に進めないから、教員になる為に大学受験するんだな?」
「はいっ」
「30歳までは諦めずに続けるんだな?」
「はいっ」
「で、・・・30になっても受かってなかったらどーすんだ?」
「・・・・・・」
今でもあの瞬間は忘れられない。夕暮れの正門のそばでじっと佇んでいる先生と私。実際のところ、そこまで考えてなかった。とりあえず動けば何とかなる、と思ってた。でも、このときの先生の最後の質問は、そんな甘さは許さないぞという声の響きと眼の輝きを持っていた。
一瞬たじろいだ。これに返事ができないようでは自分が踏み出そうとしている道も危ういな、と思いかけた刹那、自然に言葉が流れ出た。
「・・・、(もし受かってなくても)そのときは、次の道が見えてると思うんですよねー。」
自分としては何とか答えられてほっとした状態だったのだが、それに対する先生の反応は衝撃的だった。
「ほー、そーかー、そのときには次が見えてる、か。それはすごいな!・・・いやー、すごい!・・・明日子供達(今担当している高校生達)に、こんなふうに進もうとしている卒業生がいることを話してやろう。最近の子供達はすぐに諦めてしまってしぶとさが無いんだよなー」
私としては、どちらかというと言い逃れに近い気分で発した言葉だったのに・・・・。「しぶとさ」・・・ですか・・・。
「どーすんだ?」といきなり聞かれたから、「次の道が見えてるのでは」と思わず答えてしまったわけで・・・。自分の中で吟味した事柄でもないことなのに感心されて、当時の自分としては認めてもらった喜びよりもなんでそんなに感心するの?という戸惑いの気持ちの方が強かった。
新しい道に踏み出す直前の私は、自分自身でさえ、海のものとも山のものとも知れない、宙ぶらりんの存在だった。そんな私の存在と希望を、あの一言は、たったの一言で認めてくれたのだった。新しい道に踏み出してはみたものの、これでほんとうにいいのか、これで正しいのか、という不安には長く付きまとわれた。学生時代の友人とは進むペースが完全に違ってしまった為に、こういうときに相談したり勇気づけてもらったりする人はいなかった。あの時の承認の場を思うたびに、そのことが徐々に私の中に沁み込み、それにつれて次第に気持ちが変わっていった。これでいいんだ!このまま進んでゆけばいいんだ!!と。
思わず口をついて出た言葉ではあったけれど、自然に流れ出た言葉だった。それ以降の自分と比べ合わせてみてもあれは本心に違いない。「やる」という覚悟が決まっていた何よりの証かもしれない。そして、その言葉を聞き逃さずに間髪入れずにしっかりと拾い上げてくれた顧問の先生。
あの言葉にどれだけ救われて生きてきたろう。
あの言葉にどれだけ後ろから押してもらいながら生きてきたろう。
確かに、30歳になったとき「次の道」は目の前に開けていた。
26歳の秋に、それまでの道に行き詰まり新しい道に踏み出そうとしていたちょうどそのときに言われた一言。あの時、あの場所から今の歩みが始まったと言ってもいいだろう。
自分では当たり前のこと、普通にやっていること、そしてさほど深く考えていないように思えること。それらの中に真実の自分の姿や自分では気づいていない自分自身の個性が隠れているように思える。そしてそれに気づくということは大きな自信を得る第一歩といってもいいかもしれない。それに気づける自分であり続けたいとも思う。
ちなみにその顧問だった先生は私よりも10歳位年上だったと記憶しているので、当時三十台半ばだったはず。現在の私よりも10歳以上若かったはずなのだが、どうしてもそんな気がしない。
私には手本や目標にする先生がいない。―――と、思い込んでいただけなのかもしれない。
