「すぐにできること」と「なかなかできないこと」
なかなかできなかったこと、逆上がり。
確か小学校3年生のときだったように思うのですが、体育の鉄棒の授業で担任の先生が「できない人は来週までに必ずできるように練習しておくこと!」と宣言しました。ところが上腕部の筋力が弱かった私は、鉄棒の前転をするのが精一杯という有様で、ウンテイでさえ2本分しか渡れず、腕だけで自分の体を鉄棒の上に持ち上げるなんてことは自分の常識の遥か彼方でした。しかし、当時の私にとって教師の命令は絶対です。従わなければなりません。放課後に校庭の鉄棒でやってみるのですが全くできない。もうすでにできる級友のやり方を見たり、教えてもらったりするのですが全然できない。今その時の自分の気持ちを思い起こすと、「どうせできない。自分には無理」という気持ちで取り組んでいたように思います。それに何より、体を持ち上げる途中で頭が完全に下になる、ということが怖くてしかたなかった。もし、頭が下になっている時に手が鉄棒から離れたら・・・、まっさかさまに頭から落ちてしまう。「できるはずがない」という決めつけと落ちたときの恐怖で、結局学校でいくら練習してみても何も進展しませんでした。テストの日は日1日と迫ってきます。
明日はテストという晩。どうしてそういうことになったのかは忘れてしまいました(きっとよほど落ち込んだ顔をしていたのかもしれません)が、家で、それも部屋の中で練習することになり、父親がおもむろに物干し用の竹ざお(当時はまだプラスチック製のものが無く正真しょうしん正銘しょうめいの竹ざお!!)を部屋の中に入れました。当時我が家で一番広かった6畳間にそれを差し渡し、片端は窓の桟さんに載せ、もう方端を父親が持ちました。「ここでやってみろ!」と言うのです。そこで数回やってみる、でも当然できない。「落ちたら怖い」と言うと竹ざおの下に布団まで敷いてくれた。そしてまたトライ。でも無理。何度も挫ける、そして何度も諦あきらめかける。けれども「できないはずがない」という親の気持ちが次第に伝わってきて、「やるしかないか」とおう覚悟が徐々に膨ふくらんできて、それから数回の後。
ついに達成! そのあと感覚を確めるように数回続けて回転。気がつくと、さっきまであんなにも私を苦しめていた恐怖心は跡形も無く消えていたのです。ただそのときは、できるようになったという喜びよりも、これで明日のテストは何とかなるという安堵感あんどかんのほうが強かったように思います。
なかなかできなかったこと、水泳。
これも手ごわかったです。水の中にいるということ自体が怖いので、まず目が開けられない。そして足をプールの底から離せない!頑張って離してみても、緊張しているから浮かない!というか、沈む。息継ぎの練習も緊張のせいで3呼吸くらいで苦しくなってしまうので練習にならない!まったくもってお話になりませんでした。しかも幸か不幸か高校がプールのない学校だったため、10代の後半には「自分は一生泳げない人間なんだなー、まあいいや」と諦めていました。新婚旅行のコースの中にアイランドリゾートというのが3日間あって、泳げないくせにビーチやプールでのパシャパシャがとても気持ちのいいものだったので、その後も数年間は年に1回プールのあるリゾートに行っていました。そして36歳のとき、その年のリゾートのダイニングで出会った人に「泳げないくせに南の島にリゾートに来ているのかよー!」と言って屈託なく大いに笑われました。本当に本当に大笑いされたのです。元来プライドが高く、人に笑われるのを何よりも嫌がる私であるはずなのに、その時のその人の大笑いはぜんぜん嫌じゃなかった!嫌だと感じられるような半端な笑いではなかった!嫌じゃないどころか心地よくさえあった!何しろ自分も一緒になって大笑いしていたのだから・・・。
翌日、例のごとくプールで「パシャパシャ」やっている所にその彼がやって来て、ほんのついで、といった感じで息継ぎを教えてくれました。今思えば、前日に大笑いされた時に私の水泳に対する決めつけ(頑かたくなさ)は木っ端こっぱ微塵みじんにされていたのでしょう。それだけでなく他人に教えを乞こう、ということに対する頑なささえも彼のあの大笑いは吹き飛ばしてしまっていたのです。だから、彼の教えを素直に受け入れることができました。いつもなら「できるはずがない」と決めつけるはずなのに、その時は頑なな気持ちは全くありませんでした。反対に彼の言う通りにやれば必ずできるようになる、という確信さえあったのです。当然ながら、水に対する恐怖心も消えていました。“導く”ということの極意をこんな形で体験させてもらいました。
そして平泳ぎで25m完泳! 36歳のおっさんが25m泳げて喜んでいる姿はちょっと子供には見せられませんが・・・。(クロールの息継ぎはいまだに怖くてできません。が、60歳か70歳になってからの楽しみに取っておきます)
なかなかできなかったこと、自転車乗り。わり算の筆算。ギターコードの指使い。どれもこれも深く印象に残っているものばかりです。そして、諦めようとする自分の傍らには必ず誰かが居てくれました。逆上がりの時は父親が、水泳の時は大笑いの彼が、自転車の時は近所の幼馴染みの友人が、わり算の時は母親が、ギターの時は大学時代の親友が、必ずそばに居てくれたのです。アドバイスをくれた人、手伝ってくれた人、そしてただそばに居てくれた人。トライした時のことを思い浮かべると、同時にそれらの人たちの存在も浮かび上がってきます。その人たちの存在を感じるのです。私自身の存在を肯定してくれた人の存在として感じるのです。そして、とても穏やかで爽やかな気持ちになります。
すぐにできたこと、はっきり言って覚えていません。すぐにできてしまったことなんて、苦しんだり怖がったり躓いたりしていないので、大した印象が無いのです。
「すぐにできること」よりも「なかなかできないこと」の方が、より多くの『学び』を私に与えてくれたように思います。辛さの向こうに喜びがある、ということなのでしょう。
